09月 13日(主日)説教要約
全能の主はエルサレムを守る。
イザヤ31章
1 ああ。助けを求めてエジプトに下る者たち。彼らは馬にたより、多数の戦車と、非常に強い騎兵隊とに拠り頼み、イスラエルの聖なる方に目を向けず、主を求めない。
2 しかし主は、知恵ある方、わざわいをもたらし、みことばを取り消さない。主は、悪を行う者の家と、不法を行う者を助ける者とを攻めたてられる。
3 エジプト人は人間であって神ではなく、彼らの馬も、肉であって霊ではない。主が御手を伸ばすと、助ける者はつまずき、助けられる者は倒れて、みな共に滅び果てる。
4 まことに主は、私にこう仰せられる。「獅子、あるいは若獅子が獲物に向かってほえるとき、牧者がみなそのところに集められても、それは、彼らの声に脅かされず、彼らの騒ぎにも動じない。そのように、万軍の主は下って来て、シオンの山とその丘を攻める。
5 万軍の主は飛びかける鳥のように、エルサレムを守り、これを守って救い出し、これを助けて解放する。」
6 イスラエルの子らよ。あなたがたが反逆を深めているその方にもとに帰れ。
7 その日、イスラエルの子らは、おのおの自分のために自分の手で造って罪を犯した銀の偽りの神々や金の偽りの神々を退けるからだ。
8 アッシリヤは人間のものでない剣に倒れ、人間のものでない剣が彼らを食い尽くす。アッシリヤは剣の前から逃げ、若い男たちは苦役につく。
9 岩も恐れのために過ぎ去り、首長たちも旗を捨てておののき逃げる。―シオンに日を持ち、エルサレムにかまどを持つ主の御告げ―
序論
本文において、全能の神はエルサレムを保護するという強いご意志を示されました。人類の歴史におけるエルサレムの重要性は、他のどの場所よりも大きいものです。神の永遠の天幕、聖なる城、イエス・キリストの花嫁、新しい天と新しい地の headquarters(本部)の名が「新しいエルサレム」と呼ばれていることからも、その重要性がお分かりになるでしょう。
私たちの心と家庭がエルサレムとなるならば、全能の神が守ってくださいます。エルサレムの過去、現在、そして未来までも密かに見つめながら、本文のお言葉を解釈しつつ御言葉を伝え(説教し)ようと思います。
1. 助けを求めてエジプトへ下ってはならない(31:1-3)
エジプトは同盟者になり得ない(31:1)
「1 災いだ、助けを求めてエジプトへ下り、馬に依り頼み、戦車の多いことを頼み、騎兵の非常に強いのを頼み、イスラエルの 聖なる方を見上げず、主を求めない者は。」
目に見えるものであれ見えないものであれ、神の創造物は私たちの依り頼むものとはなり得ません。私たちの同盟者のように見える者たちも、私たちの助けや依り頼む相手にはなり得ないのです。彼らは永遠ではないからです。
エジプトと馬は神でも霊でもない(31:2-3)
「2 主もまた知恵ある方であり、災いをもたらし、その言葉を変えることなく、立ち上がって悪をなす者の家を打ち、悪を行う者を助ける者を打たれる。3 エジプトは人であって神ではなく、その馬も肉体であって霊ではない……」
エジプトが同盟者になれない理由がここに書かれています。彼らは人間に過ぎないからです。ただ主なる神のみが神であり、霊であられます。知恵の源であられる神は、ご自身を捨てて目に見えるエジプトの助けを求めて下っていく者を、悪行とみなして打たれます。
共に滅びる(31:3)
「……主が御手を伸ばされると、助ける者もつまずき、助けを受ける者も倒れ、皆共に滅びる。」
主が御手を伸ばされると、助ける者も助けられる者も皆共に滅びます。悪人は義人の集いに加わることができません。悪人と共にする者と悪人は、必ず共に滅びるのです(アハブの家とヨシャファトの家のように)。
2. エルサレムを保護される(31:4-5)
エルサレムの神殿
アブラハムがモリヤの山でイサクを割罪の捧げ物(全焼の生け贄)として捧げ、再び生かして受け取った場所がエルサレムです。ダビデが代価を支払わずに人口調査を行ったことで神の懲らしめを受け、贖い金を払って買い取り、神殿建設の地と定め、ソロモンが神殿を建てた場所です。
紀元前586年、バビロンのネブカドネザルによって神殿は破壊されました。その後、70年を経て神のお言葉通りにゼルバベル神殿が再建されました。その後も再び多くの患難と危険があり、神に捧げる礼拝が何度も中断されました。
カルバリの十字架
イエス・キリストが過越の小羊として十字架を背負い、エルサレムのモリヤの山・ゴルゴタの丘で贖いの血を流して死なれました。イエスが息を引き取られた時、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂け、建物としての神殿の意味はイエス・キリストのからだへと置き換わりました。イエスが殺され、葬られてから墓の中で3日目に復活し、40日目に昇天され、その10日後(すなわち復活から50日目)に聖霊が降臨して教会が誕生しました。
エルサレムの回復
紀元70年、エルサレムの神殿はローマのティトゥス将軍と兵士たちによって破壊され、イスラエルという国は完全に滅びました。ユダヤ人は世界津々浦々に散らされ、エルサレムは異邦人によって約2,000年の間踏みにじられました。
7世紀から始まったイスラム軍によってエルサレムは征服されました。中世に入り、十字架運動を通じた戦争を経て一時的に奪還することもありました。しかし、再び奪われました。
長い年月が流れ、1917年12月11日、イギリスのアレンビー将軍による協定によって、エルサレムは一部回復するに至りました。(飛行機が戦争で初めて使用されたのは第一次世界大戦の時ですが、アレンビー将軍がエルサレムを回復する際、まるで鳥が飛ぶように飛行機が飛んでいたという事実は偶然でしょうか。それとも本文のお言葉の成就でしょうか)。1948年5月14日、イスラエルは国を失ってから実に1,878年ぶりに独立しました。現在のエルサレムは1967年の中東戦争の時に回復されました。しかし、今なおイスラム圏と分割されています。しかし、神の約束のお言葉通り、遠からず完全に回復されるでしょう。神はその時まで休まれることはありません。それでも私たちはそのために祈らなければなりません。
3. 悔い改めと祝福(31:6-9)
偶像を捨てて主に立ち返れ(31:6-7)
「6 イスラエルの子らよ、あなたがたが甚だしく背いていた方へと立ち返れ。7 その日には、各々が自分の手で造って罪を犯した銀の偶像、金の偶像を投げ捨てるであろう。」
背いていた神のもとへ立ち返るときは、自分の手で造って拝んでいたすべての偶像を捨てなければなりません。銭湯に入って垢を洗い流すかのように捨て去るべきです。私たちのすべての罪を悔い改めて主のもとへ進むならば、イエス・キリストの宝の血によってきれいに洗ってくださいます。
アッシリアの滅亡(31:8)
「8 アッシリアは剣によって倒れるが、人の剣によるものではなく、剣に呑み込まれるが、人間の剣によるものではない。彼は剣の前から逃げ去り、その若者たちは苦役に服する者となる。」
このお言葉はアッシリアの侵略に関連したお言葉です。ヒゼキア王の時代、ユダはアッシリアの侵略を受けましたが、神が介入されることで一人の御使いを遣わし、一夜にして18万5,000人を全滅させられました。その後アッシリアは傾き始め、ついに滅亡しました。
主の火と炉はエルサレムに(31:9)
「9 彼の岩は恐れのゆえに逃げ去り、その首領たちは旗を見てうろたえる。これは主のお言葉である。主の火はシオンにあり、主の炉はエルサレムにある。」
戦いに敗れたアッシリアのセンナケリブと首領たちは逃亡しました。二度と神の都をうかがい知ることはできませんでした。歴史上、エルサレムを破壊しようとした者たちはみな滅びました。それは主なる神がエルサレムを守っておられるからです。
人間が住む場所には火と炉があります。神は人間だけに火を使用する知恵を与えられました(暖房、料理など)。
神はご自身を信じて依り頼む者たちに対し、自ら火の城壁となってくださいます。神はケルビムと回る炎の剣でエデンの園を守られたように、エルサレムを守ってくださいます。と同時に、敵対する者たちに対しては、焼き尽くし審判する火として働かれます。
神はエルサレムにご自身の祭壇をお持ちであり、祭壇には常に聖なる火が燃え盛っています。そこには常に生け贄がくべられていますが、この生け贄こそまさにイエス・キリストであるため、誰も妨害することはできず、神が直接防衛されるのです。
結論
目に見えるものを依り頼み、同盟を結んで失敗することのないようにしましょう。イエス・キリストのほかに、私たちが救いを受けるべき名を神は誰にもお与えにならなかったからです。
もし私たちの心と家庭の中に、常に聖なる信仰と希望と愛、そして献身の火をともし、油を用意するならば、神は私たち自身とご家族、そして財産を守ってくださるでしょう。
もし私が悔い改め、ただ主なる神のみを信じるならば、神は私たちを保護されるだけでなく、祝福を注いでくださいます。この祝福は地上から永遠へとつながっていきます。神のすべての計画が完成するとき、聖なる城「新しいエルサレム」が現れるでしょう。神はエルサレムを永遠に保護されるのです。