09月 06日(主日)説教要約
題目:主を待ち望む者の福
**本文:イザヤ書 30:18–22、26**
**18** しかし、主はあなたがたを恵もうとして待っておられる。それゆえ、主は立ち上がって、あなたがたをあわれもうとされる。主は正義の神である。主を待ち望む者は、みな幸いである。
**19** シオンに住む者、エルサレムに住む者よ。あなたはもう泣くことはない。主はあなたの叫び声に応じて、必ずあなたを恵んでくださる。主がそれを聞かれると、あなたに答えてくださる。
**20** たとえ主があなたがたに苦難のパンと苦しみの水を与えても、あなたの教師はもう隠れることはない。あなたの目はあなたの教師を見る。
**21** あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたのうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばが、あなたの耳に聞こえる。
**22** そのとき、あなたは自分の銀の像や金をかぶせた鋳物の像を汚れた物のように投げ捨て、「出て行け」と言う。
……
**26** 主がその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日に、月の光は太陽の光のようになり、太陽の光は七倍になり、七日分の光のようになる。
---
# 序論
イザヤはこの30章において、エジプトを頼りにする者は滅びると預言した後、主なる神を待ち望む者が受ける祝福について預言しました。
待つことには二つの種類があります。
一つは、何の根拠もなく、ただ漠然と待つことです。
もう一つは、約束を信じて待つことです。
私たちは、神の約束の御言葉を信じて待つので、必ず答えを受けることになります。
主なる神は、私たちが主を待ち望むことを願っておられます。
同時に、神ご自身も私たちを待っておられます。
今日は、私たちを待っておられる神について、また私たちが神を待ち望むことについて、そして主を待ち望む者が受ける祝福について、御言葉を分かち合いたいと思います。
---
# 1.恵みを積み上げて待っておられる神(30:18–19)
「**18 しかし、主はあなたがたを恵もうとして待っておられる。それゆえ、主は立ち上がって、あなたがたをあわれもうとされる。主は正義の神である。主を待ち望む者は、みな幸いである。19 シオンに住む者、エルサレムに住む者よ。あなたはもう泣くことはない。主はあなたの叫び声に応じて、必ずあなたを恵んでくださる。主がそれを聞かれると、あなたに答えてくださる。」**
### ・蓄えられる恵み(18節)
神は恵みを蓄えておいて、待っておられます。
それは、まるで病院で献血された血液を蓄えておき、緊急の患者に輸血するようなものです(詩篇31:19参照)。
神は、聖徒が信じて祈るまで待っておられることがあります。
ですから、聖徒は絶えず祈らなければなりません(Ⅰテサロニケ5:17)。
そして、時が良くても悪くても、祈らなければなりません。
聖徒は、祈りによって神を休ませないようにしなければなりません(イザヤ62:7)。
聖徒は、約束を受けたとしても、それでもなお祈らなければなりません(エゼキエル36:35–38)。
### ・恵みの根拠(18節)
18節には、三つの重要な言葉が使われています。
それは、**恵み、あわれみ、そして正義**です。
神は、私たちのために恵みの時と救いの日を定めて、待っておられます。
神は私たちにあわれみを施してくださる、良い父なるお方です。
神は正義を打ち立て、誰一人として不当に扱われることのないように、完全に裁かれるお方です。
### ・待ち望む者の幸い(19節)
神は、神ご自身とその恵みを待ち望む者たちに祝福を与えてくださいます。
神は、私たちが神に祈ることを待っておられます。
私たちは、神が祈りに答えてくださることを待っています。
ですから、神も私たちを待っておられ、私たちも神を待ち望んでいるのです。
私たちが神の恵みとあわれみ、そして正義に基づく答えを受けるとき、それが祝福となります。
だからこそ、「待ち望む者は幸いである」と言われたのです。
---
# 2.豊かな恵みの方法(30:20–21)
「**20 たとえ主があなたがたに苦難のパンと苦しみの水を与えても、あなたの教師はもう隠れることはない。あなたの目はあなたの教師を見る。21 あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたのうしろから『これが道だ。これに歩め』と言うことばが、あなたの耳に聞こえる。**」
### ・苦難のパンと苦しみの水(20節)
苦難のパンと苦しみの水は、神の本来の御心ではありません。
しかし、それらを通して、私たちが悔い改め、砕かれ、へりくだり、神にさらに近づくようにしてくださることがあります。
愛する子どもが、初めから最後まで苦難のパンと苦しみの水だけを食べ、飲みながら生きて、そのまま死ぬことを願う親がいるでしょうか。
私たちは、苦難が忍耐を、忍耐が練達を、練達が希望を生み出すことを知っています(ローマ5:3–4)。
### ・教師の備え(20節)
私たちは、知恵ある者から知恵を学び、愚かな者から愚かさを捨てる知恵を学びます。
苦難、困難、迫害、飢え、裸、危険、剣などを通して、それまで見ることのできなかった世界を見るようになります。
神は私たちに苦難のパンと苦しみの水を食べさせ、飲ませることがあります。
しかし、教師を隠すことはなさらず、私たちに見せてくださいます。
### ・教師の教え(21節)
神は私たちに、**正しい道、すなわち神が定められた道**を教え、その道を歩むことを教えてくださいます。
飛行機や船の羅針盤、自動車のカーナビなどは、正しい道から外れると、すぐに軌道を修正してくれます。
神は私たちに、良い教師と御言葉と聖霊を与えてくださり、正しい道を教え、その道を歩むように導いてくださいます。
---
# 3.恵みの結果(30:22–26)
### ・霊的な祝福(22節)
「**22 そのとき、あなたは自分の銀の像や金をかぶせた鋳物の像を汚れた物のように投げ捨て、『出て行け』と言う。**」
霊的な祝福とは、主なる神を正しく礼拝することです。
神が最も嫌われることの一つは、偶像礼拝です。
霊的な祝福を受けた人は、そのような偶像礼拝の行為を捨てるようになります。
### ・物質的な祝福(23–25節)
「**23 あなたが地に蒔く種に、主は雨を与え、地の産物である穀物を豊かにしてくださる。その日には、あなたの家畜は広々とした牧場で草を食べる。……**」
ここに記されている内容を一言でまとめるなら、物質的な祝福についての御言葉です。
神を正しく礼拝するなら、物質世界を治める権威も与えてくださいます。
物質的な祝福とは、お金や財産が多いか少ないかということではありません。
それは、神の子どもたちが物質を正しく用い、正しく治める祝福を意味します。
貧しい聖徒もいるでしょう。
そして、裕福な聖徒もいるでしょう。
祝福された聖徒は、**所有しているものにあるのではなく、その人の状態にあります。**
貧しくても幸せな聖徒がいます。
一方で、裕福であっても不幸な人がいます。
### ・健康の祝福(26節)
「**26 主がその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日に、月の光は太陽の光のようになり、太陽の光は七倍になり、七日分の光のようになる。**」
太陽の光は10万ルクスだと言われています。
その7倍ですから、70万ルクスの光で照らされるなら、どれほど明るいでしょうか。
義の太陽には、いやしの光線、すなわち翼があります。
ほとんどの細菌は、暗くて光の入らない場所で繁殖します。
太陽熱によって消毒すれば、かなりの細菌を死滅させることができます。
70万ルクスの光で照らすなら、明るさだけでなく、消毒し、いやす力がどれほど現れるでしょうか。
イエス・キリストから出てくるいやしの光は、信じる者たちに、人間の尺度では測ることのできない御業を起こします。
---
# 結論
神の約束の御言葉を受け取ることなく、宗教的な行為を通して救いの道を探しながら、見つけることができないまま永遠の地獄へ落ちていく人が多くいます。
聖徒とは、イエス・キリストの血によって罪の贖いを受け、神の子どもとされた人です。
神の子どもたちには、**道であり、真理であり、いのちであるイエス・キリストの約束の御言葉**が与えられています。
その約束を握りしめて待ち望む人は、幸せな人です。
神は、恵みとあわれみと正義と答えと祝福を私たちに与えようとして、待っておられます。
私たちは、やがて滅びるエジプト、すなわちこの世の誰にも寄り頼みません。
私たちは、良い父なる神が備えてくださった完全な祝福を待ち望みます。
だからこそ、「**待ち望む者は幸いである**」と御言葉は語っているのです。
私たちすべてが神を慕い求め、神を待ち望み、祝福を受ける者となりましょう。
必要であれば次に、**この日本語原稿を「実際に日本語で説教する時に自然な口語」に整えた説教者用原稿**にもできます。特に「待つ=神が働かれるまで信仰を持って祈り続ける」という主題を、より強く伝わるように整えられます。